JOJO1.5 本文アーカイブ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-05-05

[][] 2007-05-05 - JOJO1.5 本文アーカイブ を含むブックマーク

 予想以上に時間が取れない状態が続いているので(恐らく6月上旬まで)、ちょっと方針転換。

 カテゴリ「予定表」では、これから起こる出来事を年表的に、ではなく羅列的に記述することで作業量を軽減し、「JOJO1.5」という一つの(あるいは四つの)物語として埋めていくことは後ほど段階を踏んで、行うことにします。

 

 ここで記述されるものはPART○-○と書かれることはなく、いくらかの人物や事件にまつわる断章が描かれることになります。また、これはあくまでも決定稿ではないことにご留意いただきたいと思います。

 

  • <無法の世界>について。

 無法の世界は三世代目のDIOの系図であり、また突然変異である。無法の世界という人物がなにゆえに突然変異たりえるか、そして、なによりも「無法の世界」たるのかはこの吸血鬼が有する一つの異能に由来するのだが、それはさておき、彼がストレイツォに接近するのは1903年のことであり、ジョージたちと出会うのは、その数年後。蒸気船貿易華やかなりしアメリカはミシシッピ川でのことになる。アンタレス号という鏡の客船(と形容された変り種の内装を持つ船)のオーナーが彼であり、この大きな船が生計の貨物と乗客とともに、しばしば得体の知れないモノが乗り込んでいたという港民の証言がある。


  • アンタレス号事件

 1911年8月、ミシシッピ上流の水路選択を誤ったアンタレス号は砂浜に乗り上げてしまい、そこで不幸にも座礁したこの船は付近に潜伏していた(らしい)盗賊団によって略奪および放火の憂いに遭った(と看做された)。

 不可思議なことに、救助要請をうけて近隣の港よりやってきた船の構成員は細い水路にはまりこんだ挙句、焼け爛れて無残な屍と化したこの巨船を目撃するのだが、乗り込んでみると内部に残されたのは略奪に入った盗賊が数名いるだけで、しかも、彼らは軒並み痴れ人と化していたのである。

 痴れ人が発見されたのはアンタレス号の異名の由来となった大ホールであるが、その壁に張り巡らされた美しい銀鏡にはなにか恐ろしい傷跡が残されていたという。船員は全員、行方不明。その晩は、貨物のみを積んだ航行だったと記録に残っている。


 かつて「恐るべき闘争時代」があり、地底に眠るおぞましいモノが目覚めたことで、波紋使いが誕生し、また滅びに瀕した。彼らは良く闘い、よく守ったが、おぞましいモノによって押しつぶされ続け、その際に築かれたはずの「体系」とともに散逸したものが「いくつかのもの」と呼ばれる“遺産”である。波紋使いはこの「体系」と「遺産」の取得、すなわち、最初にして最盛の「波紋」の復活を目指す。

 およそ2000年の離散と統合の末、「チベット」はついに最後の“遺産”の在り処を認め、トンペティ師の下知が今代最高の波紋使い、ストレイツォに与えられる。1904年のことである。


  • ストレイツォとトンペティ

 「チベット」は信用できない。「チベット」を信じるな。ワシのみを信じよ。

 トンペティが時として、子飼いの波紋使いたちに漏らすのがそれである。だが、なぜ「チベット」を、波紋使いの総本山を師が信用してはならぬと語るのかが忠弟たちには分からない。トンペティが内実を語らないためだ。だが、トンペティは「チベット」の会衆――波紋使いをまとめあげる会合――と触れ合ったとき、ヴィジョンを見ている。

 なんということだ――トンペティは驚嘆する――「チベット」はすでにDIOの系図に毒されている! 何者かが堕ちたのだ。だが、誰が? トンペティの予言はそこまで教えてくれない。持つものの飢えが生まれる。持たざるものならば、悩みをしないものを。なまじ知ってしまったゆえにトンペティは希求する。裏切りの所在を。

 かくして、執拗な、偏執狂的なまでの観察を自らの義務とみなす。そこに元来のおおらかさはない。

 トンペティもまた老いたのだ。老境が容易く狂気を呼び込んでしまった。さらに、それは弟子に伝播する。徐々に。しかも、歪な形で。

 愛弟子、最高傑作。ストレイツォ。だが、彼の内心では吸血鬼の絶対排斥を掲げる師との静かな決別が始まっていた。

ChucklesChuckles2011/10/13 01:08This article achieevd exactly what I wanted it to achieve.

cvincudfcvincudf2011/10/13 21:01MIdYgT <a href="http://mssyghqtdnek.com/">mssyghqtdnek</a>

jiunqsknejiunqskne2011/10/14 18:05DlzZp9 , [url=http://otzcntmzljhb.com/]otzcntmzljhb[/url], [link=http://nkbvejhzspdh.com/]nkbvejhzspdh[/link], http://tozuewcpwiuu.com/

yjplxqtyjplxqt2011/10/17 01:51gFRAyn <a href="http://odgyigkgrjat.com/">odgyigkgrjat</a>

wkytzrgmeywkytzrgmey2011/10/18 18:36qJoCD6 , [url=http://ymcoywvoffse.com/]ymcoywvoffse[/url], [link=http://vbvwrfdjeruy.com/]vbvwrfdjeruy[/link], http://buvuzfqvdivy.com/

2007-04-14順次更新中

[] slap1-3  slap1-3 - JOJO1.5 本文アーカイブ を含むブックマーク


 虎は名前を<あわれみ>と云い、いつしか人を襲うようになった。虎に時間はないし、あっても<あわれみ>は数えてみようともしなかった。<あわれみ>にとって、自分が人間を喰うという習慣を身につけたことには、なにか深い事情があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。問われれば、きっとこう答えるだろう。

 ――ワタシは何時の間にか喰べたくなったんだから、それでいいんじゃないか?

 <あわれみ>にとって、『吸血行為』とはもはやその程度のものだ。

 また、<あわれみ>と己に名づけた存在は、名乗る以前の記憶を持たない。ある日ある時、突然、そのように変容したのだ。その時の心地は生まれ変わったようだったと、記憶している。あるいは、本当に死んで、また生まれたのかもしれない。

 ただし、と<あわれみ>はおぼろげに思い出す。時折、食事などしながら、ふっと記憶のふちが頭をかすめる気がする。それはつかみ所のない、おぼろげな感覚で、「何者か」に出会ったような気がするのだ。夜の森、木々がざわめき、虫も鳴かない不思議な夜。その奥底にある洞窟にワタシが眠っていて、その「何者か」がやってくる。そして、ワタシに何かをして、去っていった、気がする。ひどい熱病にうなされて、それが収まった瞬間、ワタシが生まれた。そこからは鮮明だ。たちどころにワタシがワタシを作ったのだ、と認識したから。すでにその時から「何者か」は重要ではなくなった。ただ、喉が渇いていた。

 感覚が今までにないほど鋭くなっていて、特に嗅覚が尋常ではなかった。数キロ先の獲物の体臭すら嗅ぎとれた。森の――濃密な草木や土の――匂いの隙間に獲物がいて、もっとも手近な場所にいるニンゲンを意識した途端、たまらなくなった。いそいそと洞窟を這い出ると、草木を掻き分けて、一目散にニンゲンの許へはせ参じた。「えっ?」と兎をぶらさげたヤリをかつぐ若者の顔が忘れらない。最初の獲物。最初の血肉。とびかかると頭につかみかかって、勢いのまま押し倒してやった。そのまま首筋にめがけて牙を突きたてた。

 一心不乱にグチャグチャと喰らう音があって、腹もくちくなるとはたと気付いた。ワタシはニンゲンを喰ってしまった、と。それは森の掟を破るものだった、と。

 そうだ。虎が住む森には暗黙のルールがある。そこに生きるものが意識しないが、深いところで根付いている共通の概念だ。森には通常の生態がある。それは変化しつつも一定のところで歯止めがかかる仕組みのことで、例えば、枝木がすれあって起こる自然発火のため、森にぽっかり穴が空いても、そのうち繕われるといった自然の原理のことだ。そして、森の掟には、ニンゲンに近づくなという項目があった。虎は腹が減ると兎や鹿を襲って、喰うことは認められているし、蛇や昆虫を食うこともある。だが、ニンゲンは殺してはならなかった。ニンゲンは森の存在ではないためだ。それは当然、人道的な背景によるものではなく、本能による警告だ。

 かつて、外側の存在であるニンゲンを襲った虎がいて、その死骸をおこぼれとして、様々なものがつついたことがある。すると、ニンゲンが持っていた未知の病が、森の住民に感染し、ものすごい勢いで広がっていき、森の賑わいが回復するまではずいぶんかかったことがある。

 その経験が本能として受け継がれていて、掟となっている。だから、虎は恐れるのだ。ワタシはニンゲンを喰ってしまったのだ、と。

 掟は本能に刻まれたもので、それゆえに絶対だ。虎は住処にニンゲンを持ち帰ると、丁寧にその肉体を平らげた。腹は一杯だったが残すわけにはいかなかった。万が一の場合、災禍を己一匹に収めるにはそれしかなかったからだ。その時から、虎は、ワタシは<あわれみ>である、と自覚するようになった。今やっている自分の行為が、森の住民への、ニンゲンへの手向けだから、と。つまり、<あわれみ>にはすでに知性が生じていた。他者を思いやる想いがあった。掟は本能だったが、それを履行することは意思で選択していたのだ。

 一夜かけて骨のみになったニンゲンを<あわれみ>は見下ろすと、しばらく何事かを考えるかのように馴染んだ我が家を見回し、朝日が昇る前には森を出て行った。そうした知性ある振る舞いは、それまでの虎にはないもので、<あわれみ>は次に移り住んだ森でもやはり<あわれみ>だったが、ある時から<憤怒>と呼ばれるようになる。その時にはもう最初の殺人から37年が経っていた。


 37年後の夕暮れに、一人の少女が立っている。エリザベスは『吸血虎』を目の前にして、ふっと微笑うのだ。虎があまりに美しかったから。

 まず身体が大きい。でかい。足の太さからして数え年11歳のエリザベスの腰より太い。顔に至っては胴より大きいのだ。天に恵まれたというよりも、むしろ魔に魅入られたというべき巨躯は、年月を忘れたような艶のある深い毛並みで覆われていて、浮かぶ縞模様が異常な風格をかもしだしている。そんな魔獣が木と木の間からぬっと現れる姿は荘厳ですらある。山の中腹にある虎の住まい、<王の泉>は上部がへりになっていて、太陽が一日中差し込まない。夕暮れどきでいよいよ深まる影の中にいる虎が、口を開く。唾液がダラダラと流れ出て、それをいらだたしげにフシュ、フシュと息を吹いて、追い払う。その口許が真っ黒になっているのは、影によるものではない。こびりついた血のためだ。

 ――あなた、一体、どれだけ殺したの?

 エリザベスが内心で問う。それは義憤によるものではなく、単純な子供らしい好奇心だ。口にしていれば、多分、それを耳にしたのがまともな感性を持つ人間ならば、ぞっとするような発想だ。エリザベスは事の善悪を持たなかった。知らないわけではない。道徳は弁えてはいる。でなければ、人類社会の敵である吸血鬼と戦う道など選びもしなかっただろう。ただ、好んで手に取ったりしないだけなのだ。掌中の珠のように扱うことをしない。それは、ひとえに師の教えによるものである。

「敵対する相手の目的の是非も、性格も、生まれも育ちも、想いも行いすら、一切合財、何に対しても心を煩わせる必要など、ないのだ」

 だから、エリザベスは相手に対して、人間的な感想を思わない。自分が機械であればいいと思う。そう、正確な機械。相手が何を目指して、どんな存在で、どうやって生まれてなにをしてきて、どう考えどうするのかを知ったうえで、その全てをただ知るためだけに知る。機械のような純粋さで、ただストックする。相手を定める判断材料になどしない。事が決着したあとで、辞書のページをめくるように、事実として相手のことを思い出すことはするかもしれない。しかし、相手と対峙した瞬間は、肉体と精神を同調させ、身につけた呼吸法で最大限の波紋を生み出し、最小限の動作で動き、最速で繰り出すことだけがすべてとなる。機械のような正確さが欲しかった。頭脳から手足の指先にかけてすべてを統制できれば、理想的なのに……私ははるかに未熟だ。

 エリザベスは、師のようになりたかった。育ての親。自分と同じく――あるいは自分に先んじて――苗字を捨てたモノ。完成された達人。ストレイツォ。

 その時、ふっと不安がよぎった。この虎に私、勝てるかしら? と。師を思い出した途端、弱気が生まれた。虎は大きい、間違いなく強いだろう。これまで戦ってきたゾンビや第八位程度の下位の吸血鬼とは比べ物にならない。判明している限りでは第四位に属する「DIOの系図」。もしかすると、三位かもしれないとも。紛れもなく、怪物。虎の俊敏さと力強さには、吸血鬼としてのそれが相乗されている。爪の一撃で、木々をなぎ倒し、人間を引き裂く威力を持つ。

 勝てないかもしれない。と思った。まったく突然の心理だった。機械のようになりたいと少女は願う。しかし、「機械のような師・父」のことを思った瞬間、どこかで危なくなったら助けてくれるかもしれない、とすがるような気分が現れたのだ。先生。私を助けてくれるの? 助けて。先生。

 先生。

 それまでの不敵な気持ちがどんどんゆらいでいく。機械のようになりたいと思う気持ちは結局のところ、脆い気持ちの裏返しなのだ。ナイーブですぐ壊れる心理を自分で押さえ込もうとしている。エリザベスはまだ数え年で11歳。正確な誕生日が分かれば、10歳かもしれないのだ。どうしようもなく、幼い。天性の波紋使いとしての素養を持つが、短い年月が少女を縛り、低い経験値のままで、それでも時間などに縛られない存在と対峙することを求める。恐怖が身体を寒々しいものに変えていく。

 エリザベスの心が弱った瞬間、虎が一歩、前に出てきた。また一歩。また一歩と。不安が加速する。虎は大きい。何倍も大きくなったように思える。そして、私は小さい、と感じる。弱い。と。

 逃げたいという気持ちと、立ち向かわなきゃ、という気持ちが交差する。呼吸が乱れた。深く、それでいて速い、規則正しい拍律が喪われる。

 そこで<憤怒>が吼えた。エリザベスはビクリ、と傍目に分かるほど肩を震わせる。呼吸が止まった。

 虎がまっすぐに突っ込んでくる。影の柱がすっかり伸びていて、日光はエリザベスのいる所からはすっかり退散してしまっている。

 数え年11歳の少女が叫ぶ。まだ十分に幼く可憐な声で。

 師の言葉が頭をよぎる。 

「戦闘中、声を発するな。口を大きく開けばその分、呼吸が乱れる。歯をくいしばるより力も入らない。舌をかむこともあるし、異物を放り込まれるかもしれない」

 その瞬間にはもう、教えは頭から消し飛んでいた。

 

 それから、虎は50年を生きていて、その一度も無駄な殺生をしたことがなかった。ワタシは、と虎は自負する。ワタシは<あわれみ>なのだから。虎は知性にかけて誓う。ワタシは喰わない殺しはやらないし、喰うからには骨しか残さない。血肉すべてはきっちり食す。と。

 そして、<あわれみ>はいくつかの森を渡り歩き、やがて一つの山林で定住する。こんこんと沸きでる水源があり、山の中腹らしいなだらかさで、古代に起こった地すべりか隆起かなにかで断層が生じたのか、崖のように斜めに切り立つへりとなっていた。<あわれみ>は思う。ここはいい。崖が屋根のようになっていて一日中、影になっている。太陽で身を焼かれることがない。安心できる。苔むしてちょっとじめじめしているのさえ我慢すれば、いいところだ。ここで生きよう、と決める。間もなく、森が<あわれみ>という異物を受け入れると、恐るべき虎はニンゲン=森にとっての外部を定期的に襲い、森の総意が<あわれみ>に王の座を与える。偉大なる守護者である、と森が<あわれみ>を認める。それから、<あわれみ>は崖の下の<王の泉>を所有する。<泉>は実は森を流れる川の起点であり、図らずもそれが<あわれみ>の王権を証明する。夜間、森を闊歩してその事実を確かめた<あわれみ>はその瞬間、ワタシは頂点を極めた、と過信した。森の頂点に立った。と。吸血鬼の一つの本能として、世界を制覇した、と満足する。

 気をよくした<あわれみ>が祝杯代わりにと、帰りしなニンゲンを襲った。首飾りを身につけた老婆。

 数日後、怒濤の如く、ニンゲンが森に押し寄せてきた。そのニンゲンたちは、老婆の孫=美しい少女に懇願された男たちで、虎を探して、森を彷徨った。その多くは森の奥深くに入ってくるなり、沼に足をとられたり、崖から足を踏み外したり、はるか昔、彼らの先祖たちが罠として作った落とし穴にはまったりして、勝手に自滅した。

 その一方で、森は神経過敏となっていた。ニンゲンは、次々に進路上、邪魔な草木を伐採したり、食事のためのみならず、戯れに獣を傷つけたりすることも平気のようだった。矢で傷つけられた鳥の無残な姿が虎の視界をかすめた瞬間、虎は激怒した。己の権威が傷つけられたことに対する怒りであり、なにより<あわれみ>として接してきたことをないがしろにされたからだ。ニンゲンはやはり、と<憤怒>と化した虎が思う。ニンゲンはやはり殺すのが、いい。

 森がざわり、と騒いだ。間もなく追走が始まり、狩るものが狩られるものに転じた。一夜を経て、ニンゲンを全滅させた後、<憤怒>はそこで不可思議なことを発見する。すでに朝だ。日光を嫌う<憤怒>は住まいに帰ることができなかったので、適当な木陰で休んでいた。すると、殺したニンゲンの死骸のうち、いくつか食い残して野ざらしとなったモノから煙が噴き出しているのだ。

 何だ、これは? と<憤怒>は<疑問>となって目の前の景色を眺める。それから、ニンゲンが苦しそうな呻き声をあげる。耐え切れなくなって、身体を日光からさえぎろうと手を伸ばすのだが、その片っ端から煙となって溶けていく。

 そして、間もなく跡形もなく、死骸は消失してしまった。日光の差し込む中で煙が舞い、わずかにのこった黒煤のようなものも風に攫われて、無に帰る。

 知らない間に<疑問>は<恐怖>となり、これがワタシの行き着く『運命』か……と理解した。


 虎の顎は存分に振るわれた。通り道にあるものすべてを根こそぐような一撃だったが、エリザベスはそれより速く動いていた。

 叫び、大きく飛びすさりさえすれば、太陽が背にあった。まだ日は暮れていない。暖かな熱がエリザベスの背中を押す。よし、と一息おくと拍律が正常となった。間合いをとった。私は生き永らえている、と少女は実感する。死ななかったのだ、と。

 一方、虎は影にいる。当然だろう、とエリザベスは思う。吸血鬼は日の下では生きてられない。だから、日が沈んでいない今はまだ自分に有利に働く。虎は影の中でしか生息できない。勝てる、と認識を新たにする。グ、ル、ル、ル、と虎の呻き声。足を動かし、ゆっくりと左右に行ったり来たりしたりする。誘っているかのような敵の振る舞いには、しかし、応じない。

 今は前に出ず、あえて距離をとる。エリザベスは武器を二つ持つ。一つは銀鎖を縫いこんだ長い布で、これはモーアガケジグモの腹からとりだした網玉をほぐしたものを編みこんであり、波紋を流すことで形状を自在に変える。元々は服に波紋を流し込むための工夫から生まれたもので、製作者でもある後方支援を担当する波紋使いは「キリフ」と呼ぶ。エリザベスは固有名詞には興味がないから、単に「マフラー」と呼ぶ。実際、波紋を流すと冬でも暖かく、待ち伏せのときなどは体温調節に役立っている。

 エリザベスは首に巻いたマフラーをといた。すると、長い黒髪がさらりと肩に流れた。途端、マフラーがふっとその先端を失う。

 見つめていた虎が一瞬でその意味を悟って、飛ぶ。重厚な身体とは思えないほどの俊敏さで、奥に引っ込む。それまで虎がいた足元の枯葉がバッ、と舞う。マフラーがまるで鎖鎌のように動いたのだ。先端に縫い付けられた銀鎖は分胴として機能し、さらには波紋の伝導率を高める役割を持つ。

 そして、エリザベスは全身を回転させて、マフラーを再度振るう。今度はさらに速い。シュ、と鋭利な刃物が物質を通り過ぎる音が立て続けに響く。シュ、シュ、シュと。

 辺りの木々の幹にうっすら光が斜めに差し込めたかと思うと、何の抵抗もなく通り過ぎたマフラーの切り口に沿って、滑り落ちていく。

 エリザベスは、まず森によって遮られた日光の量を増やすことを選択したのだ。エリザベスは軽やかに崩れ落ちてくる木と木の間をすり抜けると、一番、太い幹に軽やかな着地を遂げる。途端、薄暗かった世界が真っ赤に染まる。一切がオレンジ色に輝いて、エリザベスは走り出す。木はまだ倒れきってはおらず、それだけに地上にいる虎に目隠しとして意味をもつのだ。階段を登るが如き感触が重力によって変化していく。頃合をみて、跳躍した。木が真横に倒れた。どどん、と地を揺るがすような轟音と、バサバサ云う枝葉。空中を飛ぶエリザベスは恐らく虎がいるであろう地点にめがけて、マフラーを振るった。その距離、実に8メートルと見る。存分に間合いだ。





















 




 

2007-04-10

[][] slap 1-2  slap 1-2 - JOJO1.5 本文アーカイブ を含むブックマーク


 耳にするのはヒューヒューという風鳴り音で、朽ち果てた屍骸が声を発する。音階はもはや無視されていた。

「おど……ざん」

 イントネーションの狂った奇怪な呼び声。だが、どうしようもなく真摯な声。

 だから、領主は汗をだらだら流して、「ううう」と首を振り、「むむむ」と瞠目して、「おおお」と唸る。

 信じがたかった。棺の中の息子が震えている。死んだはずなのに、死んでいるはずなのに。

 だから、領主は懊悩する。その深さは苦難を歩む愛国の斜面をも勝るほどで。

 だが、生きている! とついに結論を下す。息子はまだ生きているのだ、と留保付きで了解する。すると、どうだろう。いまにも崩れそうな肉体で、事実、二の腕やら肩口の肉をボト、ボトとこぼす様に、領主はその胸一杯のいとおしさを感じていた。なぜなら……なぜならば! 寒さに震える幼子を思い出していたからだ。船を浮かべて川遊びをしていたとき、誤って川に落ちた我が子、危うくワニに食われそうになって、サーベル一本であの恐るべき顎を串刺しにして、救い出したときの、あの震える姿!

 領主は思わず涙ぐんだ。そうだ。あのとき、わしは老いの道を下りつつもまだ凛々しく、美しい妻は存命で、息子はなんと愛らしかったことか。幸せの絶頂にあった。恐怖と寒さで泣いてしがみつく我が子の背をさすってやったのだ! 華奢な背中。哀れな背中。これはあの時と同じじゃ! 同じなんじゃ!

「おどう……」

 土気色の手が弱弱しく伸びて、ひからびて細い指はかよわく宙を泳ぐ。

「おおお、わしはここじゃよ! ここにおるぞ! 息子よ! 可愛い我が子よおお!」

 そして、領主は我が子にひっしと抱きついた。肉が削げていようが、頬が失われて、歯茎と歯が露出していようが、かまわなかった。いまにも起き上がらんと欲する息子の意を汲み、抱き起こした。むしゃぶりつくように抱きしめられて、自らの座軸を得た領主の息子はガタガタ震える我が手で、ついに父を掴み、そして、 

「おどうざーーん」

 噛み付いた。ガブリと喉笛まっしぐらだった。領主は恍惚としていて、なにをされたか気付かない。しかし、ものすごい熱を首筋に感じている。一方、自らの本能に純粋な息子が言った。

「美ン味え!」

 かくしてゾンビ化したる若者は、己が貪欲の最初の対象を、――それを最初の吸血行為という意味で、「童貞を捨てた」というなら――父を選んだ。これをもって、19世紀最後の月、インド北部、その狂気の始まりとする。

 さて、領主は感動する者特有の鈍感さで、ようやく首筋の痛みとわが身から零れ滴る暖かさの正体に気付く。

 血! 血とな!?

 誰の、だ?

 もしかして……

 ――というか、

 そう、これは――

 ……わしの血かっ!?

「あわわわ、なななんじゃこりゃああ!」

 あらんかぎりの、その叫びは、実は外には届かない。喉笛を鋭く伸びた犬歯でえぐりぬかれ、その孔から湧き上がる血泡で「ゴボゴボ」言うばかりだ。叫びは自らの耳朶を打つばかり。領主は覆いかぶさるモノを見る。息子であるモノ。あるいは、今も息子であるモノ。であるならば、出てくる言葉は、一つ。

 なぜ、じゃ……?

 その言葉は、やはり声にならず、ただ息子の「ガボガボ」という血をすすり、肉を食らう音で遮られる。しかし、その声が何を言わんとしているかは父である領主には分かった。「ごめんね、ごめんよ、お父さん」と息子は言っていたのだ。不意に心が安らぐ感じ。

 ならば、許そう、と父は目を細めて、瞼が落ちるままに身を任せた。 

 はっと意識が起きたとき、地面に頬をつけていた。むっとする土の匂いがまず鼻をくすぐり、続いて、〝ものすごく美味そうな匂い〟が嗅覚の全域に拡がり、その感覚はあらゆる神経を侵犯する。腹がぎゅるるる、と鳴った。飢えているし、まず渇いている、と領主は思った。そういえば、城を出てから、メシ食ってないのぅ、と思い出す。両手をついて、起き上がろうとした。

 首が妙にかしぐ。かくん、と顎が胸に向かって落ちていく。寝違えたかのぅ? と領主はぼんやり考える。視界が鈍い。領主は問う。

「ここはどこじゃ?」

「ここはあの村ですよ。虎に襲われた村」と応える声がある。

 振り返れば、そこには、

「おお、息子よ!」

「お父さん! 起きたんだね!」

 領主の息子がいる。粗末な木椅子に腰掛けて、机に載った安蝋燭に浮かぶ顔は、満面の笑み。

「お前! なんじゃ、すっかり元通りじゃあないか!」

 そう。息子の顔立ちはすっかり回復していた。父は喜んだ。これぞ母なるインドの恩恵よ! とばかりに。

 しかし、しおらしくうなだれて息子だ。

「ごめんね、お父さん。僕、さっき、お父さんにかじりついちゃって」

「いいんじゃ、いいんじゃよ」

 鷹揚に笑ってみせる父は、不意に表情を曇らせて、

「それより、なんだか首の調子がおかしいんじゃが」

 というか、ワシはなんで生きておる? と息子に問う。すると、領主の息子が嬉しそうに説明する。

「ああ、それはですね。なんだかよく分からないけど、僕たちは生き返ったんですよ。でね、でね、お父さんは今、僕がかじっちゃった首がね、ちょっととれかけてるんだ」

「なんと。そいつは不思議じゃが、困ったの」

 と首を傾げる領主に、燭台を手にした領主の息子がにんまり笑った。

「だけど、大丈夫ですよ。お父さんもすぐに理解するだろうけど、僕、分かっちゃったんだ。僕たちはね、食えば治っちゃうんだ! どんな傷でもたちどころに、ほら!」

 と、余すところなく全身を照らして、

「全快してるでしょ? どこにも傷がない! 子供の頃、お尻にうけた矢傷も消えた! しかも、身体がものすごく調子いいんだ。最高にハッピーってわけです。歌って踊りたくなるぐらい! だから、食べれば大丈夫! 食は力なり、ってわけですよ! お父さん」

「なんと! で、何を?」

 何を食うんじゃ? そう問うより早く、息子がさらにニンマリ笑って、

「決まってるじゃないですか! 人間ですよ! 人間の血、人間の肉」

「なんななんと、息子よ、わしらは人間を食うというのか」

「あ、でも、骨は微妙ですね。ゴリゴリしてるから、歯が欠けちゃったし。まあ、すぐ生え変わるけど、とにかくかむのが大変。どちらかというと、オヤツ感覚かな。でも、味は保障します。これまで食べたどんな料理にも勝る素材にして、すでに調理。血は極上のスープ。目玉の踊り食いは最高の前菜。波打つ温かな肉は極上の魚肉。最高ですよ!」

「むむむむ」

 さすがに領主は困る。これまで領主は自らが必ずしも良君であったとは思っていない。むしろ、僭主であったとさえ自認している。領民をある程度のところ、食い物にしていたとは分かっている。勿論、カーストの範疇でだが。しかし、文字通り、『食い物』にするとは考えたことがなかった。「むむむ」。さすがに考え込む領主に、息子は、ゾンビの先輩が、

「お父さん。お父さん。考えてごらんなさい。我々は武士ですよ。武士というものは、命を奪うと定められた存在です。それはなぜか? 領民を守るためだったのでしょう。しかし、しかしです。それは人間の領主であれば、の話。では、僕たちは何でしょう」

「その、なんだろうな? 怪物、か? 死人未満、生者未満の化物か?」

「そう! ザッツライッ! 我々はもはや人間ではない! もはやひとつの不死者であり、ならば、人間の法はもはや要らない! それはつまりカーストももはやいらない。いわば、我々は輪廻をもはや乗り越えた! 我々は解脱したのですよ! お父さん!」

「おお! 解脱、とな!」

「解脱です!」

「だから、人間を食えると!」

「そうです!」

「ななななるほどぉっ! そう考えれば、得心がいったぞ。息子よ! わしは今日をもって領主を辞めるぞ!」

 と、親子のみに通じる得体の知れない対話を経て、元・領主が首をぶらんと振った。元・領主の息子は満足そうに微笑み、

「おめでとうございます! ようこそ、『我らの領域に』! さあ、祝杯を挙げましょう」

 と、どこからともなく取り出した真っ白なドクロを二つ両手でもって、片方を元・領主に手渡す。丸く小さなドクロはその頭頂部に溜まった液体、血で満たされていた。受け取るなり、元・領主はごくりと唾を飲み込んだ。それはまだ暖かく、なんとも芳醇に鼻を刺激し、圧倒的に美味そうだった。

「絞りたてです。さあ、ぐいいっと一息に!」

「おお! ぐいいっとな!」

「こうか!? ガボボボ」

「そうです! ゴボボボ」

 一気に飲み干すと、元・領主の息子がさらに付け加えて、

「お食事もまだですよね!? だったら、ほら!」

 と、燭台で家の隅、今まで影になっていた場所を照らす。

「おお!」

 そこは死屍累々たる有様。厳密には半生の人の群れ。打ち捨てられた吸血後の村人達だ。皆、弱りきっていて、身動き一つせず、ただ小さく呻くばかり。そこは食材の宝庫だった。少なくとも元・領主にはそう見えた。しかし、元・領主は眉根を寄せた。

「わしゃ、食いかけは、のう。保存食は味が落ちるのが相場なもの。もしやお前、村人全部、食ってしまったのか?」

 すると、ふふっと息子が笑って、

「まさか。そういうだろうと思って、新鮮な踊り食いがよろしければ、外の虎用の檻に閉じ込めています」

「ほほう、そいつはいい。……しかし、何だな。こうしてみると、何もかも虎サマサマというわけだな」

「然り。まさに虎サマサマですね!」

 わははは、と二人は笑いあった。笑いが尾を引く中、不意に元・領主。

「ならば、息子よ。城に戻る前に、その虎、我らが虎ドノを一つ拝んでいかんかな?」

 と、提案する。途端にぶるぶる震えて、息子。

「ええっ!? 森に入ってですか?」

「うむ、その通り」

「あいつはおっかないですよ!?」

 あの巨獣を思い出す。あの森の中で、銃など意に介さず、まっすぐに走って、まっすぐに砕く。問答無用の怪物。ぶるぶるぶるぶる。思い出すだに恐ろしい。

「や、やめときましょうよぉ」

 元・領主はいきなり不機嫌になる。これでもかつては勇猛で鳴らした男である。臆病者は我が子といえど、許しがたかった。

「いいや、わしは行くぞ。お前がついてこんのなら、それも結構! この、ヘタレめっ!」

「ヘ、ヘタレェ!?」 

「おお、ヘタレじゃ。ヘタレ以外の何者でもない! だいたいお前はいつだってそうじゃった。子供の頃から乗馬は尻がずれるからイヤだ、剣は痛いからイヤだ。銃がいい、あげくに――」

「分かりましたよ!」

 とっさに悲鳴じみた反論を上げた。これ以上は軍人がすたるし、恥ずかしい過去を根掘り葉掘り暴露されそうな気がしたからだ。

「分かりました。行きます。行きますよ! 道中案内は任せてください」

「よし! 決まった。ならば、メシじゃ、案内せい!」

「は、はい」

 こうして、二つの屍人が家を出ていく。

 彼らが出て行ったあと、家の隅に残された哀れな捕食者たち、食い散らかされた「残飯」どもが死んでまた蘇える。それは必定。そして、彼らは徘徊を始め、インド北部を冒す疫病として恐れられることも、だ。

 すると、間もなく、疫病を狩るモノが現れる。まるで惹かれあうように、二つの相反するモノたちが邂逅する。死者と生者が相対する。正と負が等しく無となる世の理のごとく、吸血鬼を狩るモノがやってくる。

すなわち、『波紋』使い。19世紀の終わりが近い。

(続)


※この回は実験的な意味合いもこめて、全体の構成や前後の脈絡に影響がない範囲で頻繁に文章を変更します。(07・04・14時点)

2007-04-07

[] slap1-1  slap1-1 - JOJO1.5 本文アーカイブ を含むブックマーク



 19世紀、その最終日。虎がいて、エリザベスがいた。

 雨が降っていた。そこは、インダス川をひたすら遡上する北の地で、バスゴーの町をさらにヒマラヤに向けて歩いた山林の中だ。そこで、エリザベスは虎を追っていた。あるいは、そこで、虎もエリザベスを待っていた。だから、山中の岩肌のむき出しになった縁の下、なだらかな湧き水がこんこんと湧き出る「主の泉」にて一人と一匹が出会う。日が沈もうとしていた。

 西日を浴びた木々が逆光となって影の柱と化すと、エリザベスを覆い囲む。その様に、まるで檻の中に閉じ込められた心地を覚えると同時に、彼女は不敵な表情でふっと微笑い、虎に向かって内心で呼びかける。

 ――さあ、もう逃げられないわね?

 虎が、うううう、と呻き、真っ赤に染めた口許を傾げてみせる。唾液がだらだら垂れた。それから、フシュ、フシュと、くしゃみのような息を吐いて、頭を振る。その仕草から見て、体液の分泌が狂っていることは明らかだ。経絡のバランスが狂った吸血鬼にはよくあること。エリザベスが、「やはりこの虎か」と確信を得る。

 この虎――近隣住民からは「森の悪魔」「山の王」「美食家」と呼ばれているモノ――は人喰い虎である。もう三十年以上もその名をナらしている。しかし、当時は異名をもっておらず、これらの通称が用いられるようになったのは近年のことだ。

 最初に襲われたのは山の麓の集落に住む老婆で、彼女は山菜取りに向かったあと、喰われた。〝食いで〟がなかったのか、骨までしゃぶりつくされていた。かろうじて身元が分かったのは、バラバラに食い散らかされて死骸のそばに落ちていた、老婆の孫がその日の朝に手渡した死んだ鳥骨を組んで作った首飾りのおかげだった。

 発見したのは、やはり同じ集落の者で、冬に備えて山の獣を狩っていた途中だった。

「おばあちゃん!」

 たった一人の家族=孫は絶叫した。発見者から首飾りを受け取って泣き崩れたあと、孫は村の男たちにすがった。

「仇をとってよおお!」

 ところで、この孫は美しく、美しい少女の大粒の涙に男たちはテキメンやられてしまった。華奢な体つきだが、そのわりに胸と尻がズズイ、と盛り上がって大きく、顔立ちも整っていて、頬にはポロポロと止めようのない涙を流している。哀れに思うと同時に「ああ、こいつとヤりてえ」と皆が思った。「ていうか、ヤらしてくれるんじゃねえの? 虎、ヤったら、よ?」

 要するに、一撃だった。股間(リビドー)に直撃したのだ。

「おっしゃ、任せとけ! オレ/わい/ぼく/わたし/ワシがやったらあ!」

 孫は優しく分け隔てなかったので、あらゆる村の男たちがあらゆる武器を手にして家を飛び出すと、虎狩りに走った。

「見てろ! でっかいの獲ってきたるわぁ! ――だから、な? 頼むぜ、スゴイのを、よ?」

 そして、全滅した。

 なんとか一人だけが帰還したが、すでに虫の息となっており、「逃げても逃げてもよお、どこまでも追ってくるんだ。森のどこからでも追ってくるんだ。悪魔だぁ、悪魔なんだよぉ」が末期の言葉となって、虎狩りツアー最後の参加者も消えた。

 残された女たちは当然、明日の生活について恐怖し(なにしろほとんど自給自足の村なのに、果実などの収穫が見込めない冬がじき迫っているのだ)、絶望し(老人や子供をどうするか鬱鬱と額をつき合わせて真剣に相談するものもいた)、最後には狂乱し(誰かが「そうよ! そもそもといえば!」とヒステリックに叫んだことがきっかけとなって)、事の元凶である孫を集団でよってたかって惨殺すると、ただちに領主の下に走った。

「助けてください! あの『森の悪魔』を退治してください」

 訴えを聞いた領主は困った。二重の意味で、だ。正直、その集落は土地が貧しいし、道も遠いしですこぶる実入りがよくなかったのだ。

 つまり、助けても、あまり価値がないと判断していた。しかも、働き手が全滅してるとあってはますます価値を減じざるを得ない。

 しかし、領主は武士カーストに位置しており、数年前の日露戦争における、あの同じアジア人による欧米列「悪」に対する目覚しい勝利を一つのきっかけとして盛り上がりつつあるインド国内の動き=独立反英(サワデーシ)運動、その参加者でもあって、つまりナショナリストだった。

 だから、と領主は思う。責任があって、愛国者。だったら、国民の窮地は救わなくちゃならんな、と領主は考える。でも、

「虎、じゃと? 人ではなく? 英国人による搾取ではなくて?」

 なんじゃ、それ。わしゃ、こう、もっと、世の中のためになることをしたいんじゃ。

 なのに、虎とな!? いやいや、しかし、領民のためには――

 と、二重に三重に困り、堂々巡りを繰り返す。執務中も読書中も食事中も就寝中も、延々と。

 幾日か経って、違う村からの先日の村と同じ訴えだった。今度は山の上に巨大な虎が現れて、木々をなぎ倒しながら、村人三十人を喰らったと。

「助けてください。あの『山の王』を退治してください!」

 さすがに見過ごせないと感じたが、それでも領主は立ち上がることなく、椅子にどっかり座ったままだった。

 なぜか?

 悩みがますます増えたと感じていたのだ。

 そんな恐ろしい相手となると、いよいよ兵隊を連れて行かなきゃならん。しかも、あの森は広い。平たい山のすそから頂上まで全部、森じゃ。運がよければ、さっさと終わるじゃろうが、運が悪ければどうなる? もうじき冬が来るんじゃぞ? わしや兵どもの寝床は? 食い物は? 暖をとるにはどうすればいい? 臨時収集をかけるから、兵隊には別に手当も出さないといかんじゃろうし、とにかく金がかかる。それは困る。困るんじゃ。

 これからインドのために戦わなきゃならんのに、たかが小さな村のためのそんな出費がかさむのは良くない。ムダ金じゃ。

 そんなことをブツブツと呟くある日の午後、川沿いの村から運ばれてきたリンゴの切り身にフォークを刺していると、食堂の扉が開かれた。

「お父さん! 話は聞きました。僕に任せてくださいよ!」

「おお、お前か!」

 現れたのは、領主ご自慢の一人息子である。学校の高等過程を終えて帰ってくる途中で、人づてに領民の窮地を知って、いてもたってもいられなく急いで帰郷したみずみずしい若者である。

「虎、ですって? 恐ろしい虎! 人喰い虎! でも、心配いりませんよ。学校では銃も習ってきました。最新鋭のライフル銃。これからは銃の時代ですよ。騎士は終わりました。僕は、軍人です!」

「おお、おお、なんと頼もしい。けれど、息子や。忘れてはいけないよ、武士の魂を!」

「もちろんです!」

 傍で控えていた使用人は、「何を言っているのだろう? この方たちは」と首を傾げていたが、ともあれ、この親子のみに通じる得体の知れない対話の後、領主の息子は件の森へと颯爽と乗り出した。

 武士カーストであるゆえの勇猛さで、付き人を従えて森に入り――被害に逢った住民は「ああ、若様はビジュヌじゃあ、ビジュヌの生まれ変わりなんじゃあ」とか「あのヤロウにガツンと言わしたってつかあさいとか」とか「きゃーきゃーステキー」とかの声援で背中を押して――、案の定、食われた。

 バグンッと頭からやられたらしく、額の辺りに壮絶な噛み跡があった。

 また、太ももやふくらはぎ、内臓、肩から背中にかけての部位に、頬の柔らかいところや掌など、美味いところは洩れなく食されていた。(以後、好みの激しい喰い方をするようになり、間もなく虎は「美食家」と呼ばれる)

 皮をブチブチひきちぎって、爪であちこちの筋をほぐしながら、食べたようで、領主の息子の死骸は原形をほぼ失っていた。かろうじて正体が分かったのは、身につけていた服があまりにも豪奢で、森を歩くには相応しくないものだったからにすぎない。

 奇怪だったのは、潰れた断面のほとんどがぬらぬらとした生肉のようにてらてらしていて、つまり、流血がほとんどなかったことだ。というよりも、死骸からにはほとんど血の気が失せていた。これまでの被害者はすべて丸ごと喰われていたので、分からなかった事実だ。

 大事な大事な一人息子の訃報を聞いた領主は、ただちに息子を弔うべく、村に急行した。自動車(インド製)の後部座席に揺られる間も、広場に降り立った時も、憤怒と絶望の入り混じったやるせない貌だった。村長の家に案内され、棺に入れられた息子を見た瞬間、その貌が崩れた。

「息子よーーーーーーーーーーーっ!」

 ただちに亡骸にすがりついて放った絶叫は、村中にこだました。村民は震え、領主の怒りを恐れた。若様が亡くなられたことが我々のせいだといわれたら? きっと村は滅びてしまう。村民は皆、不安を感じていた。固唾をのんで、領主の出方を待った。

 しかし、幸いにも領主の怒りの矛先はあくまでも森の中に向けられていた。

「おお、おおおお……おおのれええ、もはや許せんぞ! 虎め。虎めが! ……息子よ! 必ずお前の仇をとるからな。武士の名誉にかけて。これは魂の問題だ」

 ただちに兵を集めなくてはならん。そう思い、葬儀の支度を済ませるべく、立ち上がろうとしたまさにそのとき、

「……さん」

 ぴくり、と息子の身体が痙攣した。

「おと……」

 領主は戦慄した。目の前の光景を信じられないとばかりに首を振って、それでも血走った目の玉は一点に集中して微動だにせず、

「……さん」

 彼は最愛の息子の復活を目撃している。

(続)

2007-04-01

[] log1  log1 - JOJO1.5 本文アーカイブ を含むブックマーク


 いつになく深い眠りのなかで、それでも確かに目覚めてはいた。

 意識は明晰なのに、身動き一つできはしない。それはこれが夢だと知っていて、なお目覚めぬときにはよくあることで、わたしは幼い頃より、しばしばこの夢を見ていた。

 だから、この時もまた驚きはせず、ただこの夢という夢にしてはあまりにも現実感がある、ひどく奇妙な感触のなかに身を委ねていた。身体が縛られたように動かせないのは、そもそも身体が動くことを拒絶していることもあるのだけど、むしろそれは、今、いる場所が、かつて母とともに住まっていたアメリカ東部の質素なロッジの寝室でも、また今現在、過ごすロンドンフラットの自室でもなく、人一人がかろうじて収納できるぐらいのひどく狭い空間だということに由来していた。

 身体のうち唯一、わずかなりとも機能するのは首から上だけで、ぐるりと目の玉をめぐらせると、やはりここは時として夢見る、あのひどく狭い箱のような、そう、それこそ棺桶のなかにでもいるのだろう、ということが分かる。手足の感覚はもとより、首から下の感覚一切が存在しない今、視界の他に頼れるのは嗅覚と、後は聴覚ぐらいだった。

 そういえば、枯れたおがくずの匂いと褪せた布切れの匂い、すえた糞尿が鼻をひくつかせるぐらいだろうか。それから、鉄の匂い。乾ききって、錆びついた金属臭が漂っていることに今、初めて気付いた。こんなことはこの十数年間、今までにないことだった。初めて気付いたことだった。

 さらに感覚を研ぎ澄ませると、なにやら外では音が蠢いている。

 ゴ、オ、オォと延々と続く耳鳴りのような震動、それは両手で耳に覆ったときに聞こえる音のようだ。これは深い、深い、底知れないところで巡廻する潮流の音であることを知った。

 ……知った?

 どうやって?

 分からなかった。ただ、身体が直感的に訴えかけてきたのだ。このままならない肉体が、肉体の記憶が告げた。そして、体感的にわたしは理解したのだ。

 ここが海の底であって、やはり『わたし』は棺桶に閉じ込められているのだ、と。

 奪うべきものを求めて乗りこんだ船だったが、求めたものを奪ったまさにその時、火に包まれて沈み、水に囲まれて堕ち、新世界と旧体制の狭間にある大西洋の奥深くにて、今や封印されているにも等しいのだと。そして、長い時をかけて、ついには奪いとり――なにを?――再び十全となるべく、これより長い、ひどく長い眠りにつくのだと。いつか再び、月の夜を望むために。灰より出でて、あの憎い日の下に浮上するために。

 眠るのだ。

 そうだ。おれは知っている。

 と、声―…咽喉の潰れきった声。そして、動かなかったはずの身体がわずかにたじろいで、ひゅーひゅーと風鳴り音がどこからともなく。

 知っているぞ。

 ここがどこか。

 おれが誰か。

 だが、『お前』は誰なのだ? ――わたし?――

 声はなお問う。潰れきっていた声は、今はもうかすれ声ぐらいになっている。

 『お前はなぜここでおれの声を聞いている? おれを知っているのか? このおれを? この……ならば……ならば、お前は……』

 ……わたしは――

 答えるよりも早く、声の主が遠のいていく。

「――お前は……」

 

 そして、わたしは夢を見る。

 夢の、また夢。 

 そのなかでわたしは声を聞く。いや、声だけではなかった。声だけがあったわけではない。そこには、大量の蝋燭が灯る光も、豊かな楽曲の調べも、「食い物」もあった。完全に自由になる身体も、だ。

 あの時、得られるすべてがその場にあったのだ。

 おれは知っている。

 大広間。階下で乱痴気騒ぎ立てる手下どもを尻目にして、静寂漂う大テーブルにて正対するのはジプシー女。質素なローブに身を包んだ色の黒い肌の、まさしく魔術的な女が、テーブルの上に広げた数十枚のカードを器用に操り始めたのをおれは興味深く眺めている。しかし、その実、カードではなく、その繊細な手先にこそ、おれは魅入られていた。ほっそりとした指と手つきは優美ですらある。だからというわけではないが、この女を食す予定は今のところなかった。女はおれにこう嘯いたからだ。

 これより示されるカードこそがおれの『運命』になる、と。

 机に置いたカードジプシー女が静かに引こうとして、その寸前、手をとめる。

「どうした? 今から怖くなったのか?」

 鼻で笑ったおれに向かって、恐れた様子もなく女は言った。

「いいえ。『運命』の前では皆、平等ですから」

 それから、柔和に笑うと、

「ただ、吸血鬼運命を占うロマがこれから現れるのかどうか、とふと思いまして」

 とぼけた調子の女に、内心で含み笑う。しかし、外面はあくまでも冷たい眼差しのまま、突き放すように、

「いずれにせよ、おれは長い年月を生きるぞ。そう考えれば、お前の云う『運命』とやらは人間とおれとの間で平等ではないことが分かるはずだ」

「なるほど。確かに人間は何百年と生きられない……」

「そうだ。それから、言葉には気をつけろ。今はお前の話に乗ってやっているが、ひとたびおれの機嫌を損ねれば――」

 花瓶から一本の薔薇を抜き取ると、その熱をあっという間に奪ってやった。薄く白い氷の膜が薔薇を覆っていて内部の水分までも凝固している。たいして力もいれないで花弁を握ってやると、薔薇は小気味よい音をたててテーブルの上に砕け散る。残った茎は適当に投げ棄てると、石床にあたって、パリン、と音をたてた。

「――こうするのは、簡単だ」

 しかし、それでもジプシー女の表情は澄み切ったままで、

「では、始めましょう。あなた様の知りたいことはなんでしょうか?」

 カードの表面に指でわずかばかり触れながら、おれの顔を見据える。

DIO様」

 薔薇の『運命』が尽きた音が、おれと女の間に残響をいまだ遺し、かくして対話の一夜は始まった。